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16話 決壊

last update Dernière mise à jour: 2025-07-11 11:40:35

「今すぐ避難を! 村人に知らせなければ」

 ごうごうと渦巻く雨音と川の音の中、私は叫んだ。

 みなで足早に道を戻る。

 途中の民家の戸を叩いて、緊急事態であることを伝えた。

「川がもうすぐあふれます。巻き込まれないように避難を」

「で、でも、避難といってもどこに行けば」

「西の高台へ。ええ、あの古い家のある場所です」

 事前に調べておいた場所を言うと、村人は困惑した顔になった。

「あんな場所へ? 避難しないとだめですか? このままじっとしていれば、雨がやむかも」

「いけません。川の水があふれれば、何もかも流されてしまう。さあ、急いで」

 それでもためらう村人に村長が言った。

「公爵夫人を信じよう。このお方は、我々に寄り添ってくれたじゃないか。一月もの間、泥まみれになって収穫を手伝ってくれた。今だってずぶ濡れになりながら、みなを助けようとしている。言うことを聞くんだ」

「……そうですね。分かりました!」

 うなずいてくれた村人に、周辺の家に避難を伝えるように頼んだ。

 村長や侍従たちと手分けして、村人全員が避難できるよう伝えて回る。少し押し問答をする場合もあったが、それでも最後には分かってもらえた。

「これで全員に伝えました!」

「あとは……、そうだ、村長の家!」

 村長の家族たち、それに叔父夫妻がいる。

 私たちは急いで戻った。

「緊急事態です。今すぐに避難を!」

 ルクス様が言うが、叔父夫妻は鼻で笑った。

「おおげさな。この程度の雨で何を言ってるんだ。わざわざ外に出て濡れネズミになるなんて、ごめんだね」

「そうよ、そうよ。貴族であるあたくしたちが、卑しい村人に混じって避難など。とんでもないわ」

「そんなことを言っている場合ではありません。さあ早く!」

 ルクス様と私が交互に言うが、叔父たちは全く取り合おうとしない。

「お前たちは先に避難してくれ」

 ヨルゴが妻ヴィッキーと幼い娘ナナに促して

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